2024年シーズンが終わり、早いもので1か月経ち、契約更新、契約満了、移籍のニュースもそろそろ本格化してくる時期になりました。
遅くなりましたが、2024年シーズンのレノファを振り返っていきたいと思います。

1)スタイル変化によってもたらされた失点数の改善
2)ピッチ内の変化
3)一気に駆け上がるにはまだ体力が足りない。
1)スタイル変化によってもたらされた失点数の改善
今シーズン志垣監督に替わり大きく変わったのは失点だったと思います。
J2昇格以来初の40点代まで失点は減少。失点の多さから得失点差がプラスでJ2のシーズンを終えたことのないレノファ山口はあと一歩で+1で終えられるところまで来ました。

上記の右側の失点パターンのうち大きく改善したのがクロスからの失点とスルーパスからの失点。クロスからは前年16点あったものが6点まで減り、スルーパスからは9点から0点とこの2項目だけで19点の失点減をしました。
まず、戦い方についてどのように変化があったのかを抑えていこうと思います。
2024年新体制発表会のところで、ある程度キーワードが出ていました。
2024年 Season Vison『レノファ山口FCの目指すサッカー』
①能動的なアクション
②組織的な守備
③素早い攻撃
が挙げられていました。
【チームとしてというところよりもまず個人でどこに立つのか、どこを守るのかを整理し、その選手たちがまとまりグループ・チームになっていく。ただ前に奪いに行くのではなく、いつプレスをかけるのか、戻るのはどこに戻るのかを整理したい】と葛西強化部長よりありました。(意訳)
ピッチの中での動きで言えば、
4‐4‐2のブロックを組み、ハイプレス・ミドルプレスなど状況ごとに使い分ける。
プレスではなくリトリートをして、自陣へただ戻るのではなく、ゴール前で相手にチャンスを与えぬようそれぞれが良い距離間で互いのスペースを埋めた上でしっかりボールにチャレンジをする。
といったことがあったと思います。①で触れていた能動的なアクション。【認知・判断・決断・実行のスピードを上げたい】(意訳)ということも仰ってましたがここの部分も要素としてはあったと思います。
ゴール前に人はいるのに、ぽっかりスペースが空いていて失点というシーンは嫌というくらい見てきたと思いますが、このようなシーンが劇的に減ったかと思います。スルーパスからの失点が減ったのもしっかり陣形をコンパクトにしていたからこそと言えるかもしれません。
次は攻撃のスタイル。
【今までのレノファはボールを保持することで自分たちの時間を増やし、相手を押し込んだ状況で相手コートでの時間を増やすことを考えていた。多少保持にこだわりすぎていたかもしれない】とやはり新体制発表会でありました。
上記に挙げた③素早い攻撃のところでは【単に蹴るサッカーをしたいわけではない。相手が困ることをしたい】(意訳)ということも仰っていました。
今年のレノファがまず狙っていたところでは、相手の背後へボールを送り込むこと。背後は相手最終ラインの時もあれば、相手のSBやボランチを動かしたその背後ということもありました。
【背後】を狙うことで相手陣へボールを進め、相手陣での時間を多くすることを目指していきました。
下記チームスタッツ2024年と2023年のものですが、右側の距離別パス数とエリア別パス数で、
◎パス数が少なくなっている⇒保持に強くこだわることはしていない
◎自陣でのパス数減少も、相手のゴール前のパス数は増加⇒目的である相手陣でのプレー数自体は増えた。手段が変わってもゴールに迫れている。
ということが言えるかと思います。
2024年シーズンのチームスタッツ ※footballlabさんより

同じく2023年シーズンのチームスタッツ ※引用元同

相手陣での時間が増えれば攻撃をされる回数や失点のリスクも減ります。ボール保持を主体に進めていた際は相手陣に入る前に引っかかっていましたが、ロングボールを交えてのビルドアップをするといったチームスタイルの変化もあり、自陣でボールを失うリスクが減ったことで、失点も大きく減り、シーズン終盤までプレーオフ圏内を狙える年になったと思います。
2)ピッチ内の変化
では、今シーズンの戦いについて考えていこうと思います。
序盤レノファの核を担ったのが梅木翼と新保海鈴であったと思います。
まずレノファの相手陣への前進方法として機能したのが梅木の高さでした。

移籍をしたので所属はベガルタになっていますが、この数字の大半はレノファ時代のものでしょう。それでも1位にいるのはどれだけ彼が体を張ったかを表していると思います。
梅木と同じくらいの空中戦勝率の選手はいますが、何よりすごいのはそれを90分間続けられること、またどんな苦しい時間でも先発で出ている以上いつでも体を張り続けたことだったと思います。単に勝率や勝利回数では測れない貢献がありました。
梅木が競ることで、河野・若月・田邉らがセカンドボールに備え、それを抑えることでそこから相手陣へ進めることができていました。
そして、そこから猛威を振るっていたのが新保の左足でした。新保を単純に高い位置へ上げるために後ろをヘナン・平瀬・前の3人にしたり、河野が低い位置や中央の位置を取ることで新保があがるスペースなどをつくり、いかに新保の左足からのクロスで攻撃を完結させるのか。そう言っても差し支えないくらい、新保が高い位置からのクロスやそこで奪ったセットプレーで彼はアシスト数を伸ばしていったと思います。
上記のチームスタッツでもクロスからの得点、セットプレーからの得点が増えているのも新保が要因となっていました。
また、攻撃だけではなく開幕節のアウェイ横浜戦から見ることができたのが、ボール非保持時にミドルゾーンで4‐4‐2で構えてのプレスでした。時に3バックの相手に対してはLSHを担った河野が1列上がり
4‐3‐3の形プレスをかけるなど、柔軟に形を変え、ハイプレスを交えての能動的な守備をしたかと思えば、若月が最終ラインの背後を取る動きを見せ得点を奪うなど、新しいレノファの形が見て取れました。
新体制発表会から開幕までの2か月弱で一気に1項目で書いたようなスタイルの変化を志垣監督をはじめコーチ陣がチームへの落とし込みを成し遂げたと思うと見事であったと思います。
シーズン序盤は岡山や長崎には力負け、ホーム愛媛・熊本では大雨で形を出せないなど難しい時期はありましたが、河野の今季初得点であったり、開幕節は怪我で出遅れていた相田の復帰で徐々に10節以降調子を上げていったように思います。
相田を攻守においてトップ下のような位置におき、相手のボランチの位置をつぶす、プレスのスイッチ役にする、前線で深い位置へ走らせるといった【相田システム】と勝手に僕が呼んでいた形が初めて出たのは第12節のアウェイ鹿児島戦でした。
このあたりから勢いが徐々に出てきて、アウェイいわき戦のように相手がフィジカル的に強くても、ホーム清水戦のように相手がタレント軍団であっても、自分たちのスタイルを出すことができれば勝つことができるようになっていたと思います。
背後を狙う。相手がそれをケアすればサイドを変える、またはインサイドを思い切って突いていくなど選手たちの特性も合っていたように思えます。
ただ、難しくなっていたのが、ホーム千葉、いわきのところだったかと思います。このあたりから、2週目に入るくらいになっているのでJリーグの他のクラブの分析も進みます。
レノファが守備陣形をコンパクトにするため、相手に逆サイドへのボール、サイドチェンジを多用され陣形をゆさぶられたり、レノファのロングボールに対してセカンドボール対策をしっかり敷いてきていました。ある程度ラインを低くして「レノファが背後を狙う」選択肢をなくし、セカンドボール勝負をするところもあれば、
レノファの最終ラインの背後を突かれ、自陣へ押し込まれてしまい、満足に前線へボールが供給できず自陣での時間を多くされてしまうなど自分たちがやりたいことを相手にやられる場合もありました。梅木翼を仙台に引き抜かれてしまったのもちょうどこの頃でした。
中断明けから、前貴之をボランチの位置にあげ河野をインサイドに。相田をある程度フリーマンにすることでビルドアップ時の選択肢を増やすようなことにチャレンジをしました。
中断明け直後の大分戦はうまく形ははまったものの栃木戦は打ち合いになってしまい、藤枝戦は完敗。長崎戦の劇的な勝利はあったものの、ホーム岡山での11,000人が入った試合でふたたび力負け。ここから悪夢の連敗ロードが始まってしまいました。
ボールを保持しようとした、もっとシンプルに蹴っていれば、という二元論で語るのは簡単ではありますが、リーグというのはそれで済むほど簡単なものでもないな、というのが率直な感想です。
先制点をとれなくなっていき、追いかける展開が増え、追いついても出力を上げて同点にしても一気に逆転ができない。反対に失点を喫してしまう。
失点のパターンもセットプレーや、攻めるために陣形を崩したところからのカウンターなど最終盤の失点パターンは同じようなものになっていきました。
どこかで踏みとどまっていれば、どこかで1点入っていれば……それができなかった。相手に上回れてしまった。J1経験、プレーオフ経験があるチームに厳しさを教えられた時期であったなと思います。
3)一気に駆け上がるにはまだ体力が足りない。
個人的な感想で言えば、やはりまだチームとしての体力がない。それは選手層であったりクラブとしての経験値のようなものがあると思います。
梅木が残っていれば結果は変わっていたか?と言われれば7位にはなっていたかもしれないが、6位にはなっていなかった。また、中断明けの変化についても梅木がいてもある程度は行われていたようにも思います。
やり方1つで駆け抜けらえるほどリーグは甘くない。新しい引き出しを増やすことや今までのやり方をよりブラッシュアップする、それは人で解決するのか手段で解決するのか、何かしらの変化はシーズン中に必要なのだと思います。
清水で言えば前半戦ほどのアウェイでの脆さは減りましたし、昇格に滑り込んだ岡山はけが人続出の中断前から勝てはしなくても負けないサッカーを続け、けが人が戻ってからは上位相手にも勝つようになっていきました。
逆にレノファ同様、中断明けから勝てなくなった長崎は最後持ち直しましたが、それまでに失った勝ち点が最後響いたようにも思えますし、プレーオフの戦い方は仙台のほうが一枚上手だったように見てて思いました。
では、どうしたらよいか?こればかりは着実に力をつけていくしかないように思います。それは競技面においても事業面においても。
昇格した岡山でさえ、売り上げ規模はJ2の平均以下、もちろんトップチーム人件費もJ2平均以下です(2024年1月決算期)。レノファはその岡山の2/3ほどの規模です。
いわきや秋田のようにレノファと比較してクラブ規模が小さいチームが上にいるので、やり方次第で上位に行くことは可能と思いますが、ではそれよりももっと上にいくには?ここからがまたもう一つ壁があるんだな、と個人的に感じたシーズンでありました。
レノファ自体の順位は上がりましたが、J2上位がどういうものなのかを知ったシーズンであったなと1か月経った今そう思っております。
Xのスペースに特別回として渡部社長にご出演していただきました。
その際に最終戦の観客数が1万人に200人ほど届かなく、勝ち点55の目標にも2点足りなかった。これが自分たちの足りなかったところか、と感じられたとのことでした。
目標を達成できていたらどんな景色だったのだろう。僕も最終戦で昇格に喜ぶ横浜FCを見ててどこか複雑な思いを感じていました。
それは来期以降の楽しみにしよう思います。
2024年新体制発表会で挙げられた3年計画。競技面・事業面共に達成できた目標、できなかった目標がありました。それでも事業側と共に競技面を引っ張ってくれる監督・コーチ陣としっかりと1年目を戦えたことはこの計画を進める上では確かな1歩であり、自分たちの目指した道は間違っていなかったと思います。
2024年、何かレノファの歴史でターニングポイントになる年になったのではないかなと思います。2024年の歩みをより昇華するためには僕らサポーターも2025年に向けて自分の出来ること(1人でも維新に知り合いを連れて行く、多くの試合に足を運ぶ、レノファについて発信していくなど)をやっていけばそれこそ【総力】でまたレノファを、山口県を盛り上げていくことになるのではないかと思います。
今年はところどころレビューを飛ばしてしまいましたが、1年通して読んでいただきありがとうございました。
また、来年も宜しくお願い致します。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
(※文中敬称略)